広島文教大学附属高等学校 オフィシャルブログ

ムッシュ吉村の台湾プチガイド①日本と縁が深い中心都市、台北

広島文教高校は11月6日から、3泊4日で台湾修学旅行に行きます。本校の修学旅行で台湾は初めてのエリアです。台湾の中心都市は台北。文教生は台北市を中心に、たくさんの思い出を刻もうと思います。まずは台北って、どんなところかをご紹介します。

台北市は面積272㎢m、人口約270万人の台湾最大の都市です。行政院直轄の特別市で、名実ともに台湾の中心都市として繁栄しています。大昔は洲であったという台北盆地が、長い歳月を経て湿地化したのが400年ほど前のことです。当時はケタガラン族と呼ばれた人々の居住地域で、その後、中国大陸の移住者によって淡水河流域の開墾が始まり、1875年に清国によって「台北」という名で城府が置かれ、台北市の基礎が築かれました。

1895年の下関条約で、台湾が日本に割譲され、以後50年にも及ぶ日本統治時代が続きました。台北に総統府を置いた日本は、市街地の建設整備に着手しました。今、台北市のメインストリートとして賑わいをみせる中山南路や忠孝西路は、城壁の跡地が日本人の手によって整備されたものなんですよ。つまり、文教生が修学旅行で訪れる海外の台湾は、日本と深い縁で結ばれた地域なんです。それが体感できるのが台北です。

1945年の日本敗戦により、日本の台湾統治は終了しました。そして、中国本土で勃発した内戦で、蒋介石率いる国民党政権が台湾へ敗走してきました。1949年、国民党政権が首府を台北に移したことで、台北市は国民党の拠点として新たな時代を迎えました。

しかし、今見るような、台北市の近代化が本格的に始まったのは、台湾人初の総統である李登輝が就任した1980年代に入ってからのことでした。20〜21世紀にかけては、民主化政策が推し進められ、工業分野でも著しく発展。インフラ整備も進み、地下鉄(MRT)や高速道路などの交通システムや通信サービスも発達しました。台湾の新幹線、台湾高速鉄路は、なんと日本製なんですよ。

ムッシュも驚きですが、日本と台湾とは縁が深いんです。台湾は気候も穏やかで、とても安全な地域です。親日的な人々が多く、お年寄りの中には日本語を喋られる方もいます。看板などの表示も漢字で書かれており、なんとなく意味を理解することもできます。とは言っても、日本とは全く違う異国情緒に溢れています。いま日本で大ブームのタピオカドリンクを生んだ台湾。魅力に満ち溢れていることは間違いありません。さあ、台湾へ。

大事なお知らせです。あす2日土曜日はスーツケースなど機内預け入れ荷物の事前回収です。午前6時30分から8時20分までに本校土グラウンドまで荷物を持って来てください。保護者の方が車で持って来ていただいても構いません。時間厳守でお願いいたします。

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