2018年3月28日
平成29年度卒業証書学位記授与式 学長式辞

 平成29年度広島文教女子大学並びに広島文教女子大学大学院の卒業証書・学位記授与式は、学部卒業生、大学院修了生と、その門出を祝福する来賓、保護者、教職員、在学生でいっぱいになった本学体育館にて、盛大に行われました。

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◇「分断の世界」を生き抜くために
 皆さんがこれから踏み出す社会は、この10数年の間に急激な変貌を遂げました。その急激な変貌をもたらした大きな要因のひとつにグローバル化がある、と言って過言ではないでしょう。人や物が、国境を越えて盛んに移動するようになった、というだけではありません。パソコンの前に座れば、刻々と移り変わる政治や経済の状況を瞬時につかむことができる。また、スマートフォン片手に指先を動かせば、誰とでもつながることができる―情報技術の革新に支えられて物理的な距離を一飛びに飛び越えることが可能となったことで、世界は身近なものとなり、わたくしたち一人ひとりの言葉や行動が社会に直接の影響を与えることも可能となりました。グローバル化は、わたくしたちの社会に、緊密なつながりをもたらしたと言えるでしょう。

 しかしその一方で、自国中心主義を掲げる超大国の動きや、ヨーロッパ諸国における孤立主義的・排他的な思想と政策、政治体制・政治思想を異にする一部国家のあからさまな動向など、予断を許さない状況が続いています。このような排他性や攻撃性は、国家同士の関係だけに見られるものではありません。インターネットでニュースが流れれば、それに対する賛成/反対という二項対立的な意見がネットユーザーから次々と発信され、いわゆる「炎上」という現象を頻繁にもたらします。大量の情報に接することの容易さ、また情報発信の容易さが、社会を構成するわれわれの攻撃性や排他性を助長するという皮肉な状況をも生み出しているのです。この社会に緊密なつながりをもたらし、地球全体を一つのまとまりと捉えるグローバル化本来の意味とは真逆の、孤立や分断といった危機的状況が、わたくしたち一人ひとりの身の周りに忍び寄っている、と言うべきかもしれないのです。

◇自らを見つめ、分断に立ち向かう
 グローバル化と言えば、戦後日本を代表するグローバル人材とも言うべき、評論家・加藤周一の名が思い浮かびます。加藤は太平洋戦争終戦直後の広島に入り、医師として、原子爆弾被害の実態調査に加わりました。また、専門の医学だけでなく、政治・思想・文学・芸術・科学等、幅広い分野について発言し続けた人物としても知られています。加藤の著作『羊の歌』は戦中・戦後の青春の記録としてあまりにも有名ですが、晩年に記された続編ともいうべき「『羊の歌』その後」という文章は、次のような言葉で閉じられています。
 日本国についていえば、真珠湾攻撃の日にこの国の敗北は必然だろう、と確信していたが、占領下の日本で、後の「経済大国」を想像することはできなかった。今後この国がどう生きのびてゆくかは、私にはわからない。「この天地の間には、お前の哲学が夢想するよりも、もっと多くの事がある」と私は私自身に向かって呟いている。
 シェイクスピアの悲劇『ハムレット』の一節を引用しながらつづられた加藤のこの言葉は、見通しのきかない世界の前で、一見すると考えること自体を断念しているようにも聞こえます。しかし実際には、加藤が死の直前まで日本の将来と平和の在り方を考え続け、行動し続けたことはよく知られています。
 現実の社会にあっては、学んでも学んでも、また考えても考えても、そのたびに知らなかったことやわからないことが次々と立ち現れてきます。複雑で、混迷の度を深める今日の社会にあっては、なおさらのことと言うべきでしょう。しかし、それでも学び続け考え続け、そして社会全体のことをわがこととして行動し続けた加藤周一の姿勢こそ、分断の時代を生き抜くモデルとなるものではないでしょうか。

◇土砂災害に立ち向かったように
 学部卒業生の皆さんが入学した平成26年は、わたくしたちにとって忘れられない年です。この年の8月20日、いわゆる「平成26年8月豪雨」による広島市大規模土砂災害が発生し、70余名の尊い命が失われました。わたくしたちの学園も豪雨による浸水被害に見舞われ、復旧までに多くのエネルギーと時間とを費やしたことは、記憶に新しいところです。大きな被害をもたらした悲しい出来事ではありましたが、あの災害を通して一すじの明るい光を見出だすこともできたと、わたくしは考えています。
 あの夏の終わり頃、長靴姿で泥にまみれた人々がスコップを手に歩く姿が、広島市内各所で毎日のように見かけられました。地元の方々だけでなく、全国から駆け付けてくださった大勢の方々がボランティアとして加わっておられたとも聞いています。あの夏の、全国から集った長靴姿の人々の活動を誇らしい気持ちで今でも思い出すのは、わたくし一人だけではないはずです。あの人々の無償の活動に、われわれはどれだけ勇気づけられたか、はかり知れません。分断が際立つ時代状況ではありますが、あの夏を思い返せば、わたくしたちの社会にはまだまだ大きなエネルギーと可能性とがあることが実感できるはずです。
 しかしそのエネルギーと可能性とを引き出し、現実に対して変更を加えてゆくためには、先に紹介した加藤周一のように、学び、考え、そして諦めず行動し続ける勇気が必要です。

◇学ぶ心を忘れるな
 皆さんの2年乃至4年間は、何のための時間だったでしょうか。
 お一人お一人が夢を叶えるために、朝早くから夜遅くまで学修を重ねていた姿を、わたくしは知っています。日々の学びに、資格取得や就職のために、また卒業研究を深めるために、図書館で文献と向き合う姿、ラーニング・コモンズで議論する姿、BECCで先生方と語り合う姿。他にも、文教ホールで、個別学修室で、ゼミ室で、空き教室で、就職課で、先生方の研究室で―皆さんにとっての2年乃至4年間は、何よりも「学ぶ」ということを身に付けるための時間であったと、わたくしは信じています。
 創設者 武田ミキ先生が作詞された学園歌2番の歌詞には「行学一如」という言葉があります。一つひとつの行いそのものが学びとなっているという、学修者の理想の姿を表わす言葉です。在学中の皆さんは、まさに行学一如を体現していました。
 ただし、現代の社会状況に鑑みれば、卒業して歩みだすこれからこそ、「行学一如」の姿勢が必要となります。この広島文教女子大学で身に付けた「行学一如」の精神を忘れず、「自立した女性」として、この困難な時代を乗り越えていってください。広島文教女子大学で学び過ごした時間は、必ずやそれを可能にすることと思います。
 最後になりましたが、皆さんのご健闘とご多幸をお祈りし、式辞といたします。
 卒業、修了、おめでとう。この広い天地の間のどこかで、またいつの日か、お目にかかれると信じています。

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